前回、ウイルスは感染症を引き起こす怖い存在という話でしたが、その一方で、病気を引き起こさないウイルスが圧倒的に多いことも分かっています。そんな病原性を持たないウイルスも、やはり生物の細胞の中に入り込んで、自分の遺伝子を複製することに変わりありません。細胞を殺したりダメージを与えたりするのではなく、宿主(ウイルスが入り込むことが決まっている生物)との間で遺伝子に影響を与え合ってきたことが近年の研究から分かってきました。
2003年にヒトゲノム(DNAの配列で約30億個)が解明されました。どこにどんな遺伝情報があるのかが解明されたのですが、その結果、半分以上の配列がウイルスに由来するのではないかと考えられるようになりました。ウイルスの研究が進み、今ではウイルスを単純に悪者と決めつけるのではなく、地球の生態系になくてはならない存在であるという見方が増えてきています。
ワクチンはウイルスを最大限に利用したものです。ウイルスの病原体の毒を薄めて体内に取り込み、あらかじめ免疫をつけておけば、その病気に対する抵抗力が生まれます。もし感染しても発症しないか、仮に発症してもダメージがほとんどない可能性が高くなります。
ウイルスを利用して遺伝子治療に応用される研究も進んでいます。ある遺伝子が欠けていることが原因で病気になった時、その欠けている遺伝子を患者の体内に運べば発症を防ぐことができます。そこで、ウイルスが細胞に感染して遺伝子を送り込む仕組みを利用し、正常な遺伝子を患者の細胞に入れることで治療を行います。
また、ウイルスを食品添加物として使い、食中毒を防ぐ方法も研究されています。細菌に感染するウイルスを使えば、食中毒を引き起こす細菌だけをねらって、そこに侵入してその細菌を殺してしまうというわけです。
今後のウイルス研究によって、私たちの生活に役に立つ利用方法がどんどん広がってくるはずです。
この連載は東京理科大学理学部、武村政春教授のコラムを参考にしました。
2020-09-16
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